2010年8月3日火曜日

まげdeっちくんとにゃんまげくん

まげでっち君は人気者です。
にゃんまげ君は全国レベルの人気者です


でも

ぼくのことは誰にも知られていないです。。


2010年8月1日日曜日

サムライサミット(名古屋) 藤堂高虎武将隊

名古屋で開催された「世界コスプレサミット」と「世界サムライサミット」
昨日のサムライサミットは、レッドカーペットのパレードが中心でしたが
今日は参加の団体それぞれが、ステージに立ち日ごろ鍛えた技を披露しました。

僕の住んでいる村は三重県にありますので、藤堂高虎と織田信雄、
そして忍者が出てくるストーリーの演目を披露しました。

名古屋市栄の「オアシス21」という会場でイベントは開催され
サムライサミットは13時から、14時半まででした。
会場は満員でお客様の熱気と夏の太陽でとてつもなく暑い会場でした。

見事な敦盛の舞

おもてなし武将隊の前田慶次も大人気

名古屋で有名な「おもてなし武将隊」の舞台も堪能させていただきました。

来年の大河ドラマにむけて、長浜市の「お江」(左)

いよいよ僕の村のみんなの登場!

藤堂高虎と織田信雄の決闘


迫真の演技に会場は大喝采

そこに突然の忍者の登場

3人の忍者と「高虎+信雄」の戦い


忍者を蹴散らしたあと、再度の信雄対高虎の戦い


演技が終わって、インタビュー
村のPRも忘れずに!えらい!

そして、山形県の置賜武将隊

行田市忍城の武将隊


外人の武将隊


実に見事だったのは
ジャズダンスでの武田風林火山



全員でのエンディング


来年はもっと大きなイベントになりそ。
楽しみです

そのあとは
アスナル金山で、村のPR
にゃんまげも登場したよ!



先ほどの殺陣でのかっこよさから一転し
多くのお客様に村へ来てもらえるように
笑いを交えての村の宣伝




うちの村の役者さんは世界一や!

2010年7月31日土曜日

世界サムライサミットに参加

今日は村の武将さんたちが、名古屋に行きました。
名古屋で開催される「世界コスプレサミット」と併催の「世界サムライサミット」に参加するためです。
僕の村の武将さんたちは今日、名古屋の河村市長とともに、赤じゅうたんをパレードしたのです。

朝から突然に名古屋市内に現れたその場所は「カフェビアンコ」前
ここはカプコンの戦国バサラ3とのコラボカフェです。
このお店でまずはイベントのPRと伊勢の村のPRです



中央で目立つ兜は、本日の我々の主人公「藤堂高虎」です。
今日は、この5人のメンバーでサムライサミットのパレードに参加しました。

写真はホテルから出発するところ
我々のプラカードはAKB48の妹分、SKE48の、とってもかわいい女の子が持ってくれました。
その名は磯原杏華ちゃん 我々メンバーは杏華ちゃんの素敵な笑顔で大ファンになりました。
藤堂高虎のかぶとはとにかくよく目立ちました。



高虎の右となりは織田信雄です。
信雄(のぶかつ)は信長の次男で、伊勢の北畠家にいました。

参加の皆さんお疲れ様でした

明日はいよいよ我々の本領を発揮する戦国武者演武です
応援してね!

2010年7月29日木曜日

「怪談」上人 淫鬼と化す ・・・今昔物語より

八月から始まる「大江戸怪談きもだめし」に先立ち
今昔物語のなかの妖しいおはなしを・・


むかし、文徳天皇の御母にあたる染殿后(そめどののきさき)という方がいた。太政大臣藤原良房公の娘で、その容姿は言いようがないほど際立って美しかった。


 しかし困ったことに、この后は常に物の怪に悩まされていた。霊験あらたかと評判の僧たちが呼ばれて様々の祈祷を行ったが、まったく効果がなかった。



 その頃、大和葛城山系の金剛山というところに、一人の尊い上人が住んでいた。長い年月この山で修行を積み、鉢を飛ばして食べ物を得たり、甕を水汲みに遣ったりしていた。

 たゆまぬ修行の結果、上人は比類のない験力を得て、評判は次第に高まった。

 天皇と父親の大臣もそれを耳にして、『その僧を呼んで、后の病の祈祷をさせよう』と思い、参内させよとの命が下った。

 使者が何度となく赴いたが、上人はその都度辞退した。しかし結局、勅命には背きがたく、ついに参上することとなった。

 御前に召して祈祷を行わせると、たちまちしるしが現れた。

 后の侍女の一人が、にわかに錯乱したのだ。何かが乗り移って泣き喚きながら走り回るのを、上人がさらに力を込めると、女は縛られたように動けない。そこをさらに激しく祈祷で責めつけた。

 すると女のふところから、一匹の老狐が転げ出た。くるくる回ってその場に倒れ伏し、もう逃げ去ることもできない。上人は狐を縛り上げさせ、悪道を去るよう教えを垂れた。

 父親の大臣は、これを見て限りなく喜んだ。それから一両日のうちに、后の病はすっかり癒えたのである。



 大臣が、

「当分の間、ここに居てくれ」

と言ったので、上人はしばらく帰らずにいた。

 夏のことで、后は単衣物だけを着て几帳の内にいたが、そこに風がさっと吹いて、ひるがえった垂れ布の隙から、たまたま上人は后の姿を垣間見た。

 『なんということだろう。こんな美しい人を、いまだかつて見たことがない』。上人はたちどころに目がくらんで心乱れ、胸が張り裂けそうになって、深い愛欲の情の虜となった。

 しかし、相手が后ではどうしようもないから、ただ思い悩むばかりだ。

 胸は火に焼かれるがごとく苦しく、ちらりと見たばかりの面影が片時も瞼を去らない。ついに思慮も分別もなくして、人のいない隙をうかがって几帳の内に忍び込んだ。

 横になっている后の腰にやにわに抱きつくと、后はびっくりして、汗みずくになって逃れようとするが、女の力では抗しきれない。上人はありったけの力で抱き伏せる。だが女房たちが異変に気づいて、大声で騒ぎはじめた。

 まもなく、侍医の当麻鴨継(たいまのかもつぐ)がやって来た。この者は勅命で后の病の治療のため宮中に詰めていたのだが、后の御殿の方から大声がするので、驚いて駆けつけたのだ。

 鴨継が見ると、几帳の内から上人が出てきた。

 ただちに上人を捕らえ、天皇に事の次第を報告すると、天皇は激怒した。上人は縛り上げられ、牢獄に放り込まれた。



 獄につながれた上人は、ひと言の弁明もせず黙していたが、あるとき天を仰いで泣く泣く誓いを立てた。

「我は今ただちに死んで鬼となり、后が存命のうちに、必ずや思いを遂げてみせる」

 獄吏が聞き留めて父親の大臣に知らせたので、大臣は驚き、天皇に申し上げたうえで、上人を赦免して金剛山へ帰した。

 しかし、もとの山に帰っても、后への情欲は我慢できるものではなかった。

 なんとか再び近づきたいと、日ごろ頼みとしている三宝に願いを立てたが、結局現世では叶わぬと悟ったか、『やっぱり死んで鬼となろう。鬼となって思いを遂げよう』と決めて、一切の食を断った。

 十日あまり経って餓死すると、たちまち鬼になった。

 身の丈八尺ばかり、禿髪(かぶろ)にして裸体であった。赤いふんどしをして、小槌を腰に差している。膚は漆を塗ったような黒い。眼は金鉄の碗を入れたようにぎらぎら輝く。剣のような歯が生え並んだ口から、上下の牙を剥き出していた。



 鬼は、后の几帳の傍らに忽然と現れた。

 これを見た人は、みな動転して逃げまどった。女房などは、ある者は気絶し、ある者は衣を頭からかぶってうずくまった。もっとも、后に近しい人しか入れない場所なので、多くの人が見たわけではない。

 人々が恐れる一方で、后はこの鬼に魅入られてしまった。すっかり正気を失って、綺麗に身づくろいした姿でにっこり笑うと、扇で顔を差し隠して几帳の内に入り、鬼と二人 抱き合って寝た。

 外で聞いていると、

「いつもいつも恋しく思っていた。逢えなくてつらかった」

などと鬼が睦言し、后は嬉しげに嬌声をあげている。あまりのことに、女房らはみな逃げ去った。

 しばらく時を経て日暮れになると、鬼が几帳から出て去って行ったので、女房らは『后はどうなさったのだろう』と思って急ぎ戻り、様子を伺った。

 后は一見いつもと全く同じで、『何か変なことがあったかも』と不審がる気配すらなく坐っていた。ただ、眼のあたりが少し恐ろしげになったように感じられた。

 この事件の報告を受けて天皇は、奇怪さに怖じ恐れるより先に、『后はこれから、どうなってしまうのか』と案じて深く嘆いた。

 じっさい鬼は、以後毎日同じように現れた。后はそのたびに心を奪われ、ひたすら鬼をいとしく思って交接した。

 宮中の人々はそれを見て、どうしようもなく悲しく、いたずらに嘆くばかりだった。



 やがて、鬼はある人に憑いて、

「鴨継には恨みがある。きっと思い知らせてやる」

と言った。

 鴨継はそれを聞いて恐れおののいていたが、まもなく急死してしまった。三四人いた鴨継の息子たちも、みな気が狂って死んだ。

 天皇も父親の大臣も、この事態を見て甚だ恐怖し、鬼を取り鎮めるべく、大勢の高僧に懸命の祈祷を行わせた。

 祈祷の効果があったのか、鬼は三月ばかり来ず、后の心持も少し治って以前のようになった。

 天皇はそれを聞いて喜び、

「一度、様子を見に行こう」

とのことで、后の御殿に行幸の運びとなった。常よりも心のこもった行幸で、文武の百官が残らずお供した。



 天皇は御殿に入り、后に対面して涙ながらにしみじみと語りかけた。后も深く感動した様子だった。天皇の目にはそんな后の姿が、かつてと少しも違って見えなかった。

 と、その時……。

 あの鬼が、部屋の隅から躍り出た。そのまま后の几帳に入っていく。

 天皇が驚いて見ているうちに、后は例によって正気を失い、鬼を追っていそいそと几帳に入った。

 しばらく間があって、鬼は今度は南面に躍り出た。

 大臣・公卿をはじめ百官の者が、真正面に鬼を見て恐れおののき、『とんでもないやつだ』と思っているところへ、后が続いて出てきて、多くの人々の目の前で鬼と一緒に横になった。

 后と鬼はその場で、言いようもなく見苦しい痴態を、誰はばかることなく繰り広げた。やがて終わって、鬼が起き上がると、后もまた起きて几帳に入った。

 天皇は、どうすることもできないと思い、嘆き悲しみながら帰っていった。



 こういうことがあるから、高貴な女性は、怪しい僧に近づかないよう気をつけなければならない。

 この話は極めて不都合で、言えば何かと差し障るような内容であるが、後世の人にみだりに僧に近づくのを戒めるため、語り伝えているのである。

2010年7月27日火曜日

平井 堅 さま



今日は、すぐ近くにある「サンアリーナ」で「平井堅」さんのコンサートがありました。
写真は準備中の様子
僕の住んでいるお城は後方の山の左側に見えます。

平井堅さんは、コンサートの前に僕の住む城下町に来てくださいました。
お昼にやっている水掛けイベントを見てくださったのです。

とってもうれしかったので、そのあとサンアリーナまでお菓子を届けさせていただきましたら
コンサートで僕達の村の写真を出してくださったとのこと。

平井堅さん 素敵です!!

天満宮

この写真の場所は、城下町の池の中にある小島です。
島には天満宮があります。

そこにはとっても優しそうな大きな牛さんがいます。
僕はいつも悩み事があるときに、この牛さんに相談します。
牛さんは、いつも黙って聞いてくれます。
そしてやさしく見つめてくれます。

なんでも聞いてくれます。
大好きだよ
牛さん

2010年7月25日日曜日

OCA(大阪コミュニケーションアート専門学校)さん

先日7月の22日に大阪から伊勢まで、40名ほどの生徒さんが課外学習に来ていただいたのですが
そのOCAさんの学校のブログに、この村のことを書いていただきました。
http://ocacre.cocolog-nifty.com/blog/

とってもうれしいです。

あの日の多くの学生さん達は、未来に向かってキラキラと輝いていました。

また来てくださいね!
待ってま~す